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  • 東京紀行/ 文京の街より、漱石を語る。

 時は明治36年。2年間のイギリス留学を終え、36歳の彼は文京・千駄木へ居を構えた。知人に宛てた手紙の中で、その千駄木についてこう語っている。「一切気に食わない、こんな豚臭い場所に住んでいられない。」…と。なんとも酷い言われようである。しかし、実際は約4年間をこの地で過ごし、いざ家主に転居を迫られると、しぶしぶ引っ越しに応じたというから驚きだ。

夏目漱石旧居跡(猫の家)石碑

 通称、解剖坂を上り切ったところに彼の旧居跡を示す石碑がある。解剖坂という名は以前脇にあった施設がその由来のようだが、あえてそこには触れないことにする。このあたりは細い路地が迷路のように入り組み、周囲は静寂に包まれてる。お屋敷の庭から飛び出た木々が空に向かって枝を広げ、聞こえてくるのは風が葉を揺らす音くらいだ。

 その石碑に寄り添うように、銅製の猫が塀の上を歩いている。ある日、この自宅に迷い猫を迎え入れた漱石。その猫を主人公として書いた、当時としては斬新な作品は御存じの通り大ヒット。彼の文豪としての地位を不動のものとした。

 猫といえば、谷中商店街にもやけに人馴れした猫がいる。至近距離でカメラを向けても、なんてことないとゴロゴロ転がって、のんびりと生きている。猫はいいなぁ、来世は猫になりたい。忙しなく生きるのを馬鹿らしく感じるのと同時に、口元が緩むのを抑えられなかった。

 語学の才能を期待されて留学したものの、異国の地で人種差別に悩み、帰国時には極度の神経衰弱状態だった漱石。猫目線で書いたその作品には、自由への憧れや、人間の愚かさや冷酷さ、怒り、そして彼自身の中に渦巻いていた様々な感情が表現されているのかもしれない。

 真相は定かではないが、紛れもなくこの地で過ごす穏やかな時間が、“文豪 夏目漱石” としての礎を築いたことに変わりはない。彼が残した迷言、「千駄木が嫌だから去らぬ。」憎まれ口を叩きながらも、心の奥底ではこの地を誰より愛していたに違いない。